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”思い蟌み”ず胜力

曎新日2021幎2月20日

私は高校が矎術の専門クラスで、倧孊は文孊郚。䞀般的に蚀う「文系」です。

数字や数孊は、小さい頃から苊手だず思っおきたし、そう蚀っおきたし、呚りからの評䟡もそうでした。

ですが最近、少し、違うず思い始めおいたす。


私が数字に苊手意識を持ったのは小孊1幎生のずきです。

小孊1幎生が孊習するのは「算数」です。112、のや぀です。

芚えおいる最初の゚ピ゜ヌドは次のようなものです。


算数の授業の䞭で、時々こんな時間がありたした。

担任の先生が教卓の䞊に眮いた玙にマゞックで、児童には芋えないように、䟋えば「58」みたいに問題を曞きたす。そしおパッず児童に芋せたす。児童らは解った人から倧きな声で答えを叫びたす。手を挙げお答えるのではなくお、早く叫んだもの勝ちの早答え合戊です。それが䜕問か繰り返されたす。

この時、クラスには勉匷・スポヌツ䞇胜のちょっずボヌむッシュで元気な女の子がいお、倧抵いちばん最初に答えるのはその女の子でした。仮に、T子ちゃん、ずしたしょう。担任の先生はおばあちゃん先生で、その口癖は「みんなにT子の爪の垢を煎じお飲たせおやりたい」でした。それくらい溺愛されおいる突出しお優秀な子でした。

この算数の授業の早答え合戊では、私は最初のころ、ほずんどビリでした。考えおいる間に他のみんなが蚀い終わっおしたうこずが垞。先生がパッず問題を出しおから考えおいおは、たったく远い぀かないんだな、ず分かっおからは、先生が問題を曞いおいる手の動きをじっず芋お䜕ず曞いおいるのかを先取りするこずで、問題が出される前に蚈算を始める、ずいう方法を採りたした。それによっお、時々は最初の䜕番目かに答えられるようになりたした。


さお、これによっお自芚されたこずは、「私はどうやら呚囲の子たちに比べお、数字の認識スピヌドが遅い」ずいうこずでした。みんなず同じ方法では党然远い぀かない。䜕か別の手法を考えないずたずもには付いおいけない。

かなり幌い頃から、自分の考えや思想は他人に話すものでない人には到底理解できないものなので話す必芁性がない、ず考えおいた私はすごい可愛くないですが 。、このような考察ず自芚を他の人に聞いたりしお怜蚌するこずはしたせんでしたが、その考えが確からしいずいう自信だけは䜕故かありたした。


小孊校高孊幎に入っお毎日のように行われる算数ドリルのテストでは、5分で10問にチャレンゞする割り算がたった2問しか出来ない、ずいう状態になりたした。8問間違っおいるのではなくお、時間内で2問たでしか進たないのです。こうなるずいよいよ、数字の認識の遅さぞの自芚は匷化され、自分は算数は出来ない、数字が苊手、ずいう匷い”思い蟌み”が党身に根付いおいくこずになりたした。


この思い蟌みはその埌も続きたす。䞭孊校に入っおから、私は100点満点のテストで16点だか18点だかをずっお、あたりに情けなくなっお涙が出たのを芚えおいたす。

数字は苊手、算数や数孊は出来ない、ずいう完党な思い蟌みに劣等感が䞊乗せされお䞭孊校を卒業し、高校に入りたした。


高校でも盞倉わらずテストでは50点台ずか60点台ずかなんずも埮劙な点数で掚移しおいたしたが、ある時、「確率」の単元がメむンの期末テストで、始めお100点満点をずりたした。なぜかこの「確率」ずいう考え方は、理解しやすかったのです。


そしお、人生初のこの衝撃の100点満点以降、単玔なもので、コロッず意識が倉わりたした。その埌のテストでは、50点台ずか60点台みたいな䜎い点数をずらなくなったのです。そこからたくさん勉匷し始めたわけではなく、それたでも克服しようず勉匷はしおいたし、その床に「わからない 」が先行しお挫折しおいたした。でもこの瞬間は、ただただ単玔に「出来るんじゃんむェヌむ」ずいう逆の思い蟌みが、嬉しさずずもにこの長い数字苊手人生に䞊曞きされただけでした。



 高校での数孊に察するこの䜓隓は、圓時は「思い蟌みっおこんな単玔なもんなんだ、、」くらいにしか思いたせんでしたが、

このような子どもの思い蟌みが匷化されおいくプロセスの雑さず、それによっお胜力が制限されるこず、曎には孊校で孊ぶ限られた狭い範囲の項目に察する自己評䟡や他者からの評䟡で、文系・理系などずいうこれたた雑な仕分けを本人も呚囲も仕組みたでもが行なっおいっおしたうこずに、今曎ながら寒気がするわけです。


私は確かに物を描いたり䜜ったりするのが埗意です。そしお数字の認識は今も遅いです。

あたりたえのように進んでいた先が、い぀のたにか文系ずいうカテゎリでした。反察偎ず行き来する扉は、ほずんど蚭けられおいたせんでした。

ですが、私がワクワクするのは科孊や数孊幟䜕孊的な着想です。芞術はい぀も私の近くにあり生涯離れるこずがなさそうですが、実はそれそのものずくに情緒には殆どワクワクしたせん。

手先では物を぀くるこずや文章を曞くこずが埗意、その根底では科孊や幟䜕孊っぜい着想がたたらなく奜き、ずいう具合です。私そのものは、文系でもなければ、理系でもありたせんでした。



埗意なこずは決しお奜きなこずむコヌルではなく、たた少し人より苊劎するこずが嫌いなこずずむコヌルにもなりたせん。たた、この埗意・䞍埗意、奜き・嫌いが、実際に歩む自分の道ずもむコヌルにはなりたせん。

それだから、それらをむコヌルで結んでしたった単玔な評䟡や思い蟌みが、早い段階で胜力を手攟すこずにもなるだろうず思うわけです。


私はいた、時々経理の仕事を受けたりしおいたす。あれだけ算数が出来なかったのに。

でも、デザむンの仕事もしおいたす。

脳科孊などの本がずおも奜きです。

小さい頃の私ぞの評䟡では、どの倧人も、ずおも考えられなかった未来だず思いたす。



※ここではあくたで䞀般的なステレオタむプの「文系」「理系」ずいう区分を扱いたした。芞術ず科孊や数孊は別物ではありたせん。そのぞんは、たたい぀か。

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